『マネー・ボール』のおかげで、ビーンはこうした哲学の急先鋒とされ、また同時に、各方面からの批判の対象ともなったのです。
『マネー・ボール』を著した理由を、マイケル・ルイスは、アスレチックスの選手の年俸総額が他チームと比べ少ないのにもかかわらず、すばらしい成績をあげていた理由を知りたかったからだと説明しています。
その答えが、実はGMだったビーンと彼の統計的分析手法だったのです。
ルイスは同書の中で、ビル・ジェームズの初期の統計的分析手法から、分析手法の発展、さらにはそうした分析手法がどのようにさまざまな判断に関わっているのか(例えば、アスレチックスがどれぐらいの頻度で犠牲バントを使っているのか、あるいはどういう選手にどれだけの年俸を払っているのか)などを詳細に説明しています。
その内容からもいかにビーンが優れたGMであるのかがうかがえるのです。
その敏腕ぶりは、数字からもはっきり読み取ることができます。
ビーンがGMになったのは98年、彼の手法が定着しはじめたと考えられる2001年から06年までのチームの勝利数は大リーグ全球団中、ヤンキース(592勝)に次ぐ2位の573勝。しかし、年俸総額はヤンキースの9億7700万ドルに対し、わずか3億ドル。マシスによると、単純計算すれば、ヤンキースはアスレチックスより19試合多く勝つために、1試合当たり3500万ドルも多く費やしていたことになるのです。
また同時期、アスレチックスより年俸総額が少なかったのは7球団だけ。
そして、いちばん年俸総額が少なかったタンパベイ・デビルレイズ(現レイズ)と比べても、9500万ドルしか差がないのです。